職種や肩書きは可能性を潰す

最近ネガティブなタイトルが多いのですけれども感じたことをそのままコメントしておきます。

肩書きや職種役職などはその人を定義付ける上で重要な意味を持ちますが、一方で領域を狭める事もあります。

先日シェフ達が集まる新年会があり参加してきました。

第一線で活躍している方々ばかりです。食というつながりでありながらも環境や教育健康など様々な分野にアンテナを張り巡らしています。つまりいろんな分野とコラボレーションを行うことによりその領域を広めています。

日本の教育では例えば文系とか理系とか専門職とかそれを目指して一生懸命勉強することを推奨しています。資格や学歴そういったものもその一種です。勉強する過程で様々な知識を得られるという部分ではとても良いことですがそれだけに縛られるというのであれば可能性を狭めてしまいます。

例えば僕の場合はデザインの専門書を読みません。ビジネスでは重要なファクターではありますけれども可能性や厳選はそれ以外のところから発生するものです。

一番悲しいのはこの人は何々が専門だから、この仕事には向かないだろうと思われてしまうことです。

肩書きは逆に領域を狭める可能性があります。本当はもっと違うところに可能性があるかもしれません。

このことはマーケティング的にも思うところがあります。

嗜好に合わせたターゲティングあるいは年齢や性別に合わせたターゲッティングがあまり意味をなさないものとなっています。

一つのターゲット層に的を決めて狙うというよりも、様々な人の繋がりや関連性といった複雑なコミュニティのつながりに本質があると思います。

つまりは遠くの人より目の前の友達や家族といった個別の関係性です。

話を元に戻しますと肩書きや職種といったものは小さなお冠くらいで良くて、中身はカテゴリーフリーの窓口を作っておいたおうが良いと思います。

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